ヨノナカ実習室 実習予告と記録

調理実習や木工実習のように、対話や表現や交流の実習を行う場所「ヨノナカ実習室」の、実習予定や記録をお知らせするページです

パブリックコメント作成会 報告①

「選挙以外に何か出来ることはないんでしょうか」
福田弘先生(*)に、思わず質問した。
「私はパブリックコメントを提出しています」

即答だった。

 

先日、人生初のパブリックコメントを提出した。

 

提出は個人名(連名)で行ったが、今年度のヨノナカ実習では、柱のひとつにパブリックコメント作成を予定していたこともあり、最初の一歩を踏み出したと言いたい。

 

新学習指導要領の「実用国語」の授業か何かで、パブリックコメントを対話を経て作成すればいいのに、と思ってしまう。主権者教育・言語活動の充実の観点からも有意義だと思う。

 

 

天啓か、朝一番で友人が教えてくれたページにもパブリックコメントへの言及あり。

「立法・司法・行法」ではなく、

「立法・司法・行政」の日本を再認識。

 

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西田祥子さんの【コロナの時代の読書録】より

國分功一郎『来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』(幻冬舎新書)

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東京都小平市道路建設計画の見直しを求める住民運動に参加した筆者が、その運動を通じて、様々な政策が住民の声を無視して推し進められているにもかかわらず、今日の社会が「民主主義」と呼ばれていることに疑問を抱き、その問題点を指摘するとともに解決に向けた提言もまとめてある。
小平市住民運動の肝は、半世紀も前に作られた道路計画の復活により、住民に愛されている雑木林が損なわれてしまうという点にあった。しかし、結果として、この声は行政に聞き入れられることなく、今も計画は進行中だそうだ。
ここから國分が導き出すのは、現代の民主主義社会において、主権者である人民は法を定める「立法」にしか関わることができず、法を執行する「行政」への関与が難しいという点に問題があるということ。その遠因は、そもそも近代の政治哲学が、宗教的権威から独立した国の主権を定義するのに「立法権」を根幹に据えたからであるという。しかし、立法をコントロールするだけでは実際には国は立ち行かず、行政に携わる者が、国の統治を推し進めている。そして「行政は執行機関に過ぎない」という前提が、民衆の行政へのアクセスを拒んでいる。それが今の社会であると。
行政の長たる内閣のことを思うと、深く頷かされます。
そのため、筆者は、この「行政」にコミットするために、以下のような多元的に仕組みを作ることを提言している。
住民投票制度の改善
・審議会などの諮問機関の改革
・諮問機関の発展形態としてのファシリテーターを付けた住民・行政共同参加ワークショップの実施
パブリック・コメント制度の有効活用


ここから言えるのは、とりあえず、「声上げてくしかないよね?」ってことだろうか。
そして、考えてみたら当たり前だけど、地方に関しては「行政の長」を選べるけど、国は選べないのですよね。そういう意味でも、行政への声の届け方について、考えさせられます。

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特定秘密保護法の「強行採決」が2013年。
2015年には安全保障関連法が成立した。
それらに先んじて自民党憲法草案は2012年に公開されている。

 

日本国憲法と、自民党草案の違いを比較すると、基本的人権が丁寧に削除されている。

constitution.jimin.jp

 

 

シールズのデモ、御堂筋を歩いてみた

国会議事堂前集会にも行ってみた

行かないとわからないと思ったから行った

 

当時の私なりの結論

「自分の言葉で、事態に向き合うべきだ」

 

しかし、何をしていいのかわからない。
言葉は、どうすれば有効になるのか。
その混乱の中で、冒頭の質問に至った。

 


そもそもパブリックコメント、学校で教えてもらった覚えがない。
公民の授業は爆睡だったからかもしれない。
行政手続法は1994年に施行だから、平成の中学生はご存じなのだろうか。

 * 参照 ウィキペディア

  https://ja.wikipedia.org/wiki/パブリックコメント

 


それにしてもパブリックコメント、有効なのか。


A新聞で記者歴30年の先輩に聞いてみた。

 

・確実に、提出先では目を通している。
・具体的な数値やエビデンスがあれば、議会に提出される。
・議会や委員会での質問や回答に、視点のひとつとして取り入れられることがある。
・感想や意見を端的に書くより、説得力のある根拠や数値、見逃せない観点を提示することが大切。

 


パブリックコメントは、提出したからには、受け取られる。
受け取ったからには、担当部署で検討される。
その回答が、公開される。
つまり、言葉としてやりとりの俎上に上がる。

 

したがって、無責任な提出をすべきではない。
だからこそ、取り組む意味がある。

 

 

早速、国が募集するパブコメのHPを見る。

 

だめだ、のけぞる。

 

法律用語のリテラシーがないと歯が立たない。
何が論点かすら、わからない。
種子法、気になるが、わからない。

 

ああ、ああ、無知だ、私。
弱弱しく半ばあきらめて、一人もじもじしていた市民未満の数年間。

 


「誰かの助けを借りながらでも、パブコメ作成してみたい」という私の言葉を拾い上げ、一緒に作ろうと言ってくれる人が現れた。
「てつがくや」松川えりさんである。

 

ちょうどその時期、岡山市が「岡山市パートナーシップ宣誓制度の考え方について」パブコメを募集していることを知った。(これにもある人が関わるのだが、それは後述する)

 

性的マイノリティの婚姻を、法律が認めていないという現状がそもそもの要因であるため、法律用語と距離感があっても原案を理解出来る。松川さんがジェンダー問題に造詣が深いことも知り、これぞ出発点だと感じた。

 

 

このたび、検討、推敲を経て、提出を完了しました。

 

パブコメ関連のこともこのページに提示していきます。
よかったら、一緒にやってみましょう。

 

 

 


 * 福田弘先生 
 筑波大学名誉教授。ヨーロッパの人権教育プログラム『コンパス』『コンパシート』を翻訳し、ファシリテーションのワークショップを根気よく地道に、オープンな形で続けておられる。

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 http://www.jinken.or.jp/archives/10193