ヨノナカ実習室 実習予告と記録

調理実習や木工実習のように、対話や表現や交流の実習を行う場所「ヨノナカ実習室」の、実習予定や記録をお知らせするページです

言葉づかいと「河童忌」

池田弥三郎「ことばの遊びと芸術」(『日本語講座 第二巻』1976)p14~

 

 人の死の知らせははなはだむずかしい。しかし、これについては忘れられない文章がある。水上滝太郎の『貝殻追放』に収められている「芥川龍之介氏の死」という文書だ。

 

 昭和二年七月二十四日芥川龍之介氏逝去。その日私は朝から他出して、夕方帰宅した。入浴し、食事をして、机にむかはうとしてゐるところへ久保田万太郎氏から電話がかかつた。

「芥川さんが薬を嚥んで死にました」

 久保田さんの声はふだんよりも高く、ふだんよりも一層せき込んでゐた。私は電波を全身に感じた。

「自殺ですか」

「さうです。九時に新聞社の人に集つて貰つて発表します」

 久保田さんの昂奮してゐる様子を感じて、私は多く訊く事を差控へ、直に芥川さんの御宅へ出向く事にして電話を切つた。(中略)

 私はさまざまの事を思ひ、心持は沈んで行つた。久保田さんが電話で「芥川さんが薬を嚥んで死にました」といつたのに対して「自殺ですか」とききかへした事が変に気になつた。あたりの人をはばかる心づかいではあらうが「薬を嚥んで死にました」といふのは、いかにもおもひやりの深い言葉だ。それだけで自殺といふことははつきりわかつたが、私はつい「自殺ですか」と露骨にたしかめた。なんといふ言葉づかひの荒さか。恐らく私が久保田さんと位置をかへて居たら、私はいきなり「芥川さんが劇薬を嚥んで自殺しました」といふ言葉で電話をかけたであらう。私は久保田さんの奥床しいひととなりに比べて、いかにもがさつな自分を恥ぢた。流石に久保田さんは生まれながらの芸術家であると思つた。

 

 この話は、実にいい話である。久保田さんはもとよりのことだが、びっくりして、とっさに口から出てしまったことばについて、こんなに恥じて、反省している水上さんも、やはり、ことばの芸術家だと思う。

 川端康成さんがなくなったとき、わたしは偶然、その第一報を、テレビのニュースでみた。画面には「自殺」という文字が出、アナウンサーの読み上げるニュースの中には、「自殺」という語が、四度も五度も出てきた。わたしは、水上さんの文章を思い出しながら、現代の放送の報道の文章の書き手に、もう少し、いたわりの心持ちを持ってもらいたいものだと思った。単刀直入に、誤りなく伝えることが、報道の使命だとしても、人の死について、あるいはさらに、人の不幸については、もっと慎重な心構えを、伝達以前に望みたいと思った。

 

*** *** ***

池田弥三郎氏は、このあと「心のこもった言い方、いたわりのある言い方が、誰にも彼にも出来るのだろうか」「深い悲しみと温かいいたわりの心とがありさえすれば、相手に、その気持ちをわかってもらえる文章がかけるだろうか」と問いかけ、「これは、実は、はなはだおぼつかないのである」として、紋切り型の弔問の文章について解説をしている。

 

「思ったこと、感じたことを、思った通り、感じた通りにかける、ということは、実はすでに、くろうとなのである」

 

 人の不幸に向き合うような、慎重さが求められる場面での言葉づかいは、本当に難しい。練習も出来ないし、個別性も高い。思いが無いわけではない、むしろ強い思いに突き動かされて、失言と気づかず、失言をしてしまう。

 

 本文の中では「放送の報道の文章の書き手」とされているが、SNSを手にした人は数多く、現代の「文章の書き手」は、数多くの我々である。慎重な心構えを、まずは大前提として持っているだろうか。それだけでは、足りない、と池田氏は言っている。「しろうとには難しい」のだ。

 

 「言葉づかい」は、「正しい」語彙や「正しい」敬語のみならず、こういうアンテナの感度まで含むのだと考えている。言葉は刃物のような部分があるとよく言われるが、手入れのされていないナマクラ刀で、あたりかまわず切り散らかしているのではないかと、恐ろしくなる。鞘に納めておくに如くはない。

 

 昔、何かの映画で竹光で切腹する武士がいた。「真剣」の表現として出来過ぎていると思ったが、私にも20年以上、刺さりっぱなしだ。

 

 本文には昭和2年とある。令和2年の河童忌を前に、若い人の悲報にまたしても触れることは忍び難く、どんな言葉が必要なのかわからなくなった時に開く本を、また開いている。国語の授業では、この部分をよく紹介していた。私自身も、しろうとのままである。悲しい別れを経験することで、くろうとになってゆくのなら、むしろ、しろうとのままで、よいのかもしれない。

 

  悲しむには、時間が必要だとも思う。立ち止まることが、大切な時も、あると思う。

 

 

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