ヨノナカ実習室 実習予告と記録

調理実習や木工実習のように、対話や表現や交流の実習を行う場所「ヨノナカ実習室」の、実習予定や記録をお知らせするページです

続「折り合い」 スロウな本屋読書会を経て

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折り合いをつけるときに気を付けること

人と合意形成するときに気を付けること

 

3人で相談するなら

自分の最初の提案の、3割しかそのまま残ることはない

残りの7割は、他の人の意見や新たな意見で埋まる

 

ちょっと考えればわかることだけれど

「自分の意見が採用される」

というとき

「自分の意見の一部だけが採用される」

という意味であることは、当然で

それが民主主義的な合意形成だと教わった

 

 

ふと気が付いた

残りの7割、他の人の意見や新たな意見の収納場所

これは、自分の意見がもともとあった場所なのだから

自分自身が、それを受け入れなくてはならないということ

 

唐木順三が言っていた気がする

「積極的受け身」

「自己否定の外に、他者肯定の広い世界がある」

 

 

 

それに関して思いだすことがある

高校生の台本づくりを応援していたとき

はじめにYさんが、原案を書いてきた

一通りできあがっていた

が、皆が自分の役を決めて動き出したら

どんどん内容が変わっていく

一人のふるまいが変化すれば、当然反応も変化する

もとの原稿とは似ても似つかない作品となった

 

確か、穴を掘っていたら何かにぶつかってすすめなくなる

そこには、大きな木の根っこがのさばっていて

土の由来をくっちゃべっているうちに

土はかつて生きていたものたちのその後じゃな

花咲か爺さんの灰って、そもそもさあ

と言いながら、土や灰や紙や穴の手触りを探ったり

舞台上に滅茶苦茶に紙をばらまいてぐちゃぐちゃにしているうちに

月が昇っていて

きれいだな

というようなステキな話になった

穴の話だったから

タイトルも「アホーニューワー」にしてしまった

 

 

地区の発表会で上演後、Yさんが言った

「せっかく私が書いた台本が、どんどん形を失って、ぜんぜん別の作品になっていくのが、とても悲しかった。なんかいやだった。

上演前のアナウンスで『Y澤M子作・ア ホール ニュー ワールド』と呼ばれるのを楽しみにしていたはずだった。

でも、実際に『○○○高校 ○○部作・アホーニューワー』とアナウンスが入った時に、みんなで作ったんだ、とすごくわかって、いやだった気持ちがなくなった。なんかうれしいというか、じーんとするというか」

 

彼女は、中学生の頃から私によって深く尊敬されていた人物なのだが、今思うと、人と共に生き存える力を、仲間と共に涵養していたのである。

私達は、そのお芝居がとても気に入っている。

そして忘れられないのは、「みんなで作った」その期間は、相談しているというような状況ではなく、「もめている」「喧嘩している」「なんかこれちょっと、ねえ」というストレスフルな時間であったこと。

みんなほんとに、よくやるよ、がんばるよなあ、と中年は横で見ているだけだった。

今でもそのお芝居のことが、いとおしい。

 

成長という言葉が最近ちょっと苦手になっていたが、見直すことができた。

Yさんたち、ありがとう。

 

 

スロウな本屋さんの読書会を経て、いろいろ思いだしたので、記しておきました。

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